第1回
上野公園

 みなさまはじめまして! 鉄道が大好きすぎてJR全線を走破してしまった鉄道大好きタレントの伊藤桃です。フォトコンさんでは「SNSのススメ!」という連載をやらせていただいています。

 さて、そんな鉄道大好きな私ですが、実は私、日本史もお散歩も大好きで、このページではふらりと遊びに行ける幕末の史跡めぐりスポットをご紹介したいと思います。

 まず第一回目はかつての北の玄関口、上野駅からほど近い上野公園です。

上野公園のシンボル西郷隆盛像

 上野公園の待ち合わせ場所スポットの一つに西郷さんの銅像があります。現在放映されているNHK大河ドラマのモデルでもある西郷隆盛ですが、銅像の存在を知っている方も多いでしょう。

 それは1868年—今から150年前、江戸が東京にかわる直前の7月4日(現在の暦では)に起きた戦争、上野戦争がまさにこの上野公園を舞台におきたことに由来します。

 上野戦争は、彰義隊ら旧幕府軍と薩摩・長州を中心とした新政府軍の間で行われた戦いです。

 朝7時に始まった戦いは夕方5時、たった一日で、新政府軍の圧勝に終わりました。その勝因は長州藩の大村益次郎。この上野戦争でも最新式の銃や大砲を使い、戦いを有利に持ち込んだといわれています。

 新政府軍であった西郷隆盛の銅像のすぐそば、目と鼻の先には彰義隊のお墓があります。お墓の前にちょこんとある墓石は1869年、戦いのすぐあとには新政府に供養させてもらえず、こっそりと作られ地中に埋められていたものが掘り出されたそうです。

 そっと手を合わせ、さらに公園をお散歩してみました。

上野戦争を見届けた歴史的建造物

 多くの外国のかたとすれちがった石段の先には清水観音堂がありました。石段を彩る紫陽花が涼し気です。
 この清水観音堂はかつての戦火のなかで生き残ったお堂だそうで、お堂の中には上野戦争を描いた絵馬とその横には実際に戦争で使われていたのであろうアームストロング砲弾が飾られています。

 正午までまだ勝敗が見えなかった上野戦争ですが、このアームストロング砲が寛永寺に向かって一斉に砲撃されたことで一気に彰義隊の敗色が濃くなったそうです。

 この弾痕は上野公園の中のほかの場所で実際にみることができました。

 上野公園の奥の方にある寛永寺旧本坊表門の黒門です。彰義隊と新政府軍が激突したという黒門(荒川区・円通寺に移設)とはまた別もので、これは寛永寺の黒門だそうです。

 新しく塗りなおしてあるため真新しく綺麗な黒色の門でしたが弾が通過して
いった跡はそのまま残っていました。住職さんにお話を聞いたら、やはりあえて残しているそうです。

 今の上野公園は、美術館群に上野動物園と続くのどかな景色にまるで戦争の跡地というのが嘘のようです。
 しかし、のどかな噴水広場の目の前にある現在の国立博物館のあたりが、先ほどの弾痕のこる黒門があった寛永寺本坊の移転前の場所だったり、上野動物園のあたりがかつての彰義隊の本陣だったりと、決して遠いお話ではないのだなあと改めて感じることができました。

おしゃれなカフェで小休止

 せっかく公園に来たのだから、と公園の中にあるおしゃれなカフェ「park side cafe」にて美味しいランチもいただきました。歩き疲れた体に美味しいアイスコーヒーが身に沁みます。ふと外をみると昼下がりを楽しむカップルやおしゃべりに夢中な女性客などにぎやかな上野公園がそこにはありました。
 どんな場所にも歴史があってその歴史を探しに行く、そんなお散歩も楽しいものです。

 現在上野公園の敷地内にある東京藝術大学美術館では7月16日まで西郷隆盛さんの特別展を行っているそうです。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

桃ちゃんの一枚

上野公園を散策中、国立科学博物館の入口前にSLの保存車両を発見!
幕末に関連しているわけではありませんが、思わず撮影してしまいました。

伊藤 桃(いとう・もも)
青森県野辺地町出身、3月11日生まれ。
テレビ、ラジオ、雑誌等での活動のほかに、
趣味の鉄道旅(JR全線100パーセント完乗)を
活かした“鉄道タレント”としても活躍中。