幸せを呼ぶ写真秘話【番外編】

 誌面では読者の皆さんから寄せられた「秘話」を掲載していますが、ここでは若き日の編集部Sのエピソードをご紹介します。
 今から15年以上も前、まだ写真学校の学生だった頃、日本の海岸線をテーマに撮影をしていたことがありました。月1で各地の港町を訪ねては写真を撮るということをやっていたのですが、夏の暑い日、島根県の浜田市でのこと。いつものように大きなリュックを背負い、カメラを首からぶら下げ、被写体を探していると後ろから「兄ちゃん」という声。振り返ると漁師の方が「ちょっと休んでいけよ」と家に招き入れてくれました。
 クーラーの効いた室内はまさに天国。きっと炎天下で汗をだらだら垂らしながら歩いている姿を見かねて声をかけてくれたのでしょう。サイダーをごちそうになりながら漁のこと、若い頃に訪れた外国のこと、家族のこと、そして最後に「俺はガンなんだ。そんなに長くはないかもしれない。だから写真を撮ってくれよ」と。当時、使ったいたのはフィルムカメラ。慎重に構え、シャッターボタンを押したことを今でもはっきり覚えています。
 その後、撮らせていただいた写真は卒業展示で飾ることになり、案内の手紙を出したものの、返事はありませんでした。さらに数年が経ち、再び浜田を訪れたとき、その家はすでにそこにはなく、取り壊された後でした。撮った後にすぐ写真を送ればよかった……。後悔とともに写真に対して必死だった頃の記憶として時々ふと思い出します。
 

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