1月号「電柱」丹下利勝(愛知)
立木 昔って電柱を主役にするというのはめったになかったよね。どちらかというと外そうとする歴史が長かった。でも最近は、電柱も悪くないって流れになってきている。そのものズバリのタイトルも意外性があった。1本の電柱を、1本の松のように麗々しく入れるのがいい。
——その前には祭り前の少女が立っています。
立木 立っていることを強調するために電柱を入れているわけで、それを引いて撮っていることでイメージとして繋がる。虫送りの神事らしいけど、白塗りに普段の衣装、そして田舎的な雰囲気の背景。迫らない撮り方が空気感までも伝えてくれた。
2月号「ジンベエザメ」齊脇勇治(大阪)
——水族館イチの人気者。
立木 なぜこの写真が今月のトップなのか、と仲間内で議論してもらえたら嬉しい。腹か胸かわからないけど、そんなジンベエザメを大胆に入れて、驚きを与えているのがいいんだ。まるでプリントから飛び出しそう。
——確かに応募作品の中でもひときわ目を引きました。
立木 いまの写真の流れは、完璧すぎるものより、少し崩したところに面白さを感じて評価する見方もあるから、鑑賞態度をそういう方向にすると魅力が伝わってくるし、撮影方法ももっと自由になる。こういう場面でなぜか人物は右に入っていることが多いけど、なにか心理的な影響とかあるのか、ちょっと気になる。
3月号「ボス」松本直子(静岡)
立木 怪しげな雰囲気だよねえ。このブレはスローシンクロによるもの。撮ってみないとわからなくて、偶然性も含めてできたときの驚きってあったはず。なんだか亡霊のようだけど、目がしっかりと効いていて、グッと引き込まれる写真だね。
——手前の木も雰囲気を盛り立てています。
立木 花と組み合わせたら前衛生け花になるような見事な形。猫をよく見ると3匹いるようだけど、これはスローシンクロの効果だから実際は1匹かもね。そういう二つの怪しげな相乗効果を生んでいる。モニターで見たときは、嬉しくて声を上げたんじゃないのかな!
4月号「花嫁」中原秀夫(岡山)
——結婚式の前撮りをしているところです。
立木 主役と脇役以外の要素を極力排除してシンプルに伝える構成になっている。それによって撮りたいものが明確に伝わってきたる。作者曰く「花」「嫁」ってことだけど、花の向こうの幸せそうな表情が想像できる。
——シンプルな切り取りでここがどんな場所かはわかりませんよね。
立木 この新郎新婦の存在感が強いからもう少し周囲の状況を入れても十分に成り立ったし、もっと密度の濃い写真になったかも。瞬間に撮る種類の写真だから、もちろんこれでいいんだけど、その先の表現を追求したらもっと世界が広がる。
5月号「シンボルウッド」河合浜代(静岡)
立木 作品なんて言うとさ、何かひと工夫を加えて完成させるものと思いがちだけど、この場面、工夫のしようがないよね。目の前のものを写すだけ。時としてそれが力を発揮する。アングルや時間帯を意識すると素敵な写真になることは多々あるけど、出会ったものがすごくて、お手上げで撮ってうまくいくことがある。これはそんなシーンだよ。
——ありのままを撮ったことがよかったと。
立木 雲も多少の演出にはなっているけど、余計なことはいらないって感じ。それにこの木は生きているのかどうか……って想像も楽しめるし、春になったらどんな光景なのか、また撮りに行きたくなる。
6月号「変顔」上甲成俊(大阪)
——おばあちゃんとお孫さんがふざけているところです(笑)。
立木 家族がここまで協力的というのがうれしいよね。こんな写真が残ったらお孫さんもいつの日か喜んでくれるはず。映り込みって二つの世界をひとつにできるから写真を撮る人には人気なんだけど、簡単そうで意外と難しい。
——重ね方ですか?
立木 お孫さんは黒いシルエットに重なってはっきり見える。おばあちゃんは、雲や木、稜線と重なっている。その差が面白いんだけど、撮るときに意識して、微妙に立ち位置を変えることで完成度が上がる。お孫さんとおばちゃん、映り込みと変顔、という二つの世界の二つの組み合わせが魅力を何倍にもしてくれた。
7月号「春のわらし」保坂兼司(東京)
立木 動物と子どもは写真になりやすいから、撮るだけでズルいなんて言われるけど、感情移入しやすいものがあるんだろう。しかもこの写真は広めに撮って現場の状況を入れ込んだことで、ストーリーが深まった。
——光もいい演出になっています。
立木 女の子は、立派な女性に感じるほど演技に磨きがかかっているけど、男の子のほうはいつまで経っても男の子って感じでかわいい。天上天下唯我独尊で、泣けば要求が通るほんの一瞬の時期、どちらも小さく入れたことで、それぞれの個性を感じやすくなっている。
8月号「兄妹」加藤和弘(三重)
立木 要素を絞って、無駄のないフレーミングの写真もいいんだけど、ガチっと決めずにフッと抜けた感じの写真って魅力あるし、詰め込まれた写真ばかり見ていると、心が解放された感じがして魅力的に感じる。
——目の前の空気感を丸ごととらえた感じです。
立木 この広さと走っている子どもを見ると、小さい頃に訳もなく走り出したことを思い出す。だから伝わってくるものがあるんだろうな。コンテストは完璧を求めてしまうものだけど、少しの瑕が心を動かすこともある。
9月号「人生歩み続けて」田中万三(愛媛)
——テレビ番組で立木先生が「いい写真はみなデッドパンなのよ」という話に触発されてスナップポートレートを撮っているそうです。
立木 写っている人が笑っていないがゆえに見る側がじっと見てしまう力がある。シンプルな背景の女性に対して、男性の方は横線があって複雑。人物を浮き上がらせる配慮ができたらもっと良かった。
——距離感が似ています。
立木 これ以上寄ると憚られ、離れるとほかのものが入るし、撮影者の逡巡も感じる。でもこの距離感で撮り続けると、テーマに結びついていく可能性もある。だからコンテスト云々ではなく撮り続けてほしいね。
10月号「ワンパク時代」福井 齋(滋賀)
——お孫さんのイキイキとした表情をガラス越しに狙っています。
立木 モノクロってグレーのトーンが美しいのが基本ではあるけど、明るく白々とした雰囲気がいいじゃない。ワンパクさが伝わってくるよ。もちろんアンダー目にするとガラスの質感が出てくるけど、ここは明るいほうがいいね。
——お孫さんは、今しか撮れませんね。
立木 写真の出来としては稚拙な部分もなくはない。でも振り切った表現ってのが求められる時代。孫をモデルにうまさだけじゃない心に響くものを撮りたいよね。プロだってそこで悩んでいるんだ。
11月号「帰り道」田中万三(愛媛)
立木 お疲れの様子を斜めにして撮ったことでその印象がさらに強調されている。これを寂しそうに、という目線で見るのは決めつけだね。人生を歩んできて、顔や手のしわ、ふとした表情に出てくるものをどう感じるか、それをどう撮るか、それが写真の魅力。
——モノクロだと伝わるものが変わってきます。
立木 目の前のものを忠実に写す記録と、イメージとして伝える種類のものもある。何をどうしたいかによって手法は選べばいい。ただ、地球上にあるすべてのものは写真のためには存在していない。撮らせてもらう、という気持ちは大切だけど、それ以上になにかお役に立てることがないかなと今でも思うよ。
12月「昼寝」小宮千原(三重)
——撮影者の4歳になるお孫さんの足と、その子のひいおばあちゃんの手です。
立木 ワイドになるような仕掛けによって足がデフォルメされたインパクトがあるんだけど、この写真のポイントは左上の手だよね。
——焼き込んで手だけを表現していますね。
立木 作者が感じたようにかわいいひ孫を見守っているようにも思えるし、手しか浮かび上がっていないから、忍び寄る手のようにも見えて大人の寓話が描ける。撮影のとき、足は歩くから消費的、手はシャッターを切るから生産的なわけで、写真ってそうなっているんだよ、と言っているようにも思えてくる。